2009/3/26
2番手の実力「両兵衛」


戦国時代、豊臣秀吉に天下を取らせた男「両兵衛」または「豊臣二兵衛」と呼ばれた二人の名軍師「竹中半兵衛重治」と「黒田官兵衛孝高」。半兵衛は美濃出身で、近江に地縁的なつながりをもつ人物であったことから、秀吉の対浅井氏との戦いで活躍しました。官兵衛は播磨出身で、地元の有力豪族小寺氏の縁者でもあり、秀吉の播磨平定戦、のち毛利氏との戦いにおいて活躍しました。半兵衛は播磨平定戦の途上で病没するも、官兵衛はその後も大名となった秀吉の配下として活躍し、九州において大名となりました。しかし、秀吉が天下を取った後に「秀吉、常に世に怖しきものは徳川と黒田なり」と言われ、その優れた実力ゆえに「秀吉に替わって天下を取れる器」として恐れらるようになってします。これを伝え聞いた官兵衛は身の危険を感じて隠居を申し出たという悲しい結末ですが、時にNo.2はトップを越えられる器であったからこそ、秀吉は天下を取れたのではないかと感じます。


竹中半兵衛重治

黒田官兵衛孝高

悲しい結末ですが、裏切りの絶えない戦国時代だったので、みんな自分を守ることに必死だったんでしょう。他にも武田信玄の軍師「山本勘助」、上杉謙信の軍師「宇佐美定満」などが有名ですが、僕は昔からこの「両兵衛」が好きです。




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